予定より12週も早く産まれた早産児で、助かる見込みは半々といわれた Sabina Checketts。成長した今では自ら新生児科医として活躍し、新しい治療法や高度な技術を腕に、早産児の転帰改善に取り組んでいます。その一例が、ゲティンゲが独自開発した技術です。人工呼吸器につながれた赤ちゃんの負担を軽減し、よりやさしく、より自然な呼吸ができるようセンサーを使って呼吸を補助するもので、成人への適用も注目されてきています。これは集中治療分野における堅実な発展の一例です。
Sabina Checketts 医師の手には、手を握ったときに宇宙船のような形をした小さな傷跡が現れます。この傷跡は28週で生まれてから(12週早く生まれてから)間もない数日間、その小さな体が奮闘していたときにできたものです。宇宙船のような形のものや、その他いくつかの小さな傷跡は、小さなか弱い体に、生命維持のためのチューブが挿入されていた痕跡なのです。
ご両親には言わないけれど、この傷跡は私にとっては名誉の勲章です。こうやって生きているのだから。
彼女が言うご両親とは、彼女の患者のご両親のことです。自身が早産児として生まれてから33年、今では新生児科医として働くChecketts 医師。当時から大きく進歩したテクノロジーと技術を腕に、早産児のより良い転帰を叶え、そしてそのご両親にとっての希望の存在となっています。
か弱い早産児が生き延びようと闘うその時、最も重要なのは大抵の人があるいは、見過ごしてしまうようなこと~呼吸です。そして新生児学における極めて重要な進歩、また成人の救命救急に大きな影響を与えた進歩が、より高度な人工呼吸器の開発でした。
「早産児の主な課題のひとつは人工呼吸です。未成熟な生まれたばかりの頃の肺はとても硬くて弱いのです」と Checketts 医師は言います。
当時 Checketts 医師の命を救った人工呼吸器は、現在彼女が早産児の治療で使うものと大きく異なるものでした。「人工呼吸器の換気モードが、赤ちゃんのために呼吸するものから、今では赤ちゃんとともに呼吸できるものへと進化したのです」
患者とともに呼吸する、という換気モードが神経調節補助換気「Neurally Adjusted Ventilatory Assist(NAVA)」、ゲティンゲが独自に開発した技術です。ゲティンゲは新生児から成人までに対応する集中治療ソリューションを世界各国で提供しています。
NAVA の開発以前の人工呼吸器も、赤ちゃんが息を吸おうとすると気管チューブ内のセンサーが合図を出し、それを受けて人工呼吸器が作動するという段階まで進んでいました。しかし時間差が生じるため、肺が必要としているのにガスが供給されなかったり、準備ができていない弱い肺に強制的にガスが送りこまれたり、ということがありました。早産児は短くて速い不均一な呼吸をする傾向にあるため、この非同調の問題が顕著になっていました。
新生児学分野の臨床研究部長で、1980年代から早産児の研究に取り組む Sherry Courtney 博士は次のように述べています。「NAVA は医療の質を向上するための選択です。横隔膜は筋肉で、横隔膜が収縮すると息を吸い、弛緩すると息を吐きます。NAVA では、カテーテルを胃の奥深くまで挿入して横隔膜付近に留置し、それを用いて呼吸を信号として感知しています」
カテーテルに搭載された小さな電極が横隔膜の収縮を感知すると、患者が息を吸いたがっているという信号がほぼ瞬時に送られます。人工呼吸器は、それに同調してガスを供給します。電極が横隔膜の収縮終了を感知すると、息を吐き出せるよう呼気に転じます。
Courtney 博士は次のように述べています。「NAVAは呼吸に合わせた補助を少し行うだけですが、患者は望みどおりに呼吸することができます。深い呼吸や浅い呼吸、長い呼吸や短い呼吸、より多くの換気量、より少ない換気量。人の呼吸は様々ですが、NAVAはどんな呼吸にも対応し、どんな呼吸パターンにも同調することをコンセプトとしています。患者にとってはより快適になるので、大変有用な人工呼吸の方法です」[7] [8]
またCourtney 博士は、NAVA 機能搭載の人工呼吸器に切り替えた多くの赤ちゃんが、その直後から落ち着いて不機嫌にならなくなったのを見てきたと言います。測定された圧力と換気量に応じて、酸素濃度は下げる必要があります。赤ちゃんはよりリラックスし、新生児段階で最も重要なこと、つまり“成長すること”にエネルギーを集中させることができます。
赤ちゃんたちも快適そうなので、私たちの部署ではどんどん NAVA に切り替えてきました
米国であまり知られていないのは、成人に対しても NAVA が使用されており、新生児で有効だった特長は成人患者にも十分適用できるということです。人工呼吸器を使っている成人患者の横隔膜は、使用開始時には機能していても、人工呼吸器を長く使っているとすぐに活動が低下してしまいます。ゲティンゲのメディカルディレクター Miray Kärnekull は、「欧州では通常、NAVA のような高度な換気モードは、横隔膜筋の活動を保つために成人患者に使用されます」と言います。
「従来の人工呼吸器の方式では横隔膜の活動をモニタリングできません。[1][2]
何が起きているのかを実際に知ることができないのです」とKärnekull は言います。たとえば、肺に空気を送り込みすぎると呼吸刺激が抑制されて横隔膜が弱くなり、人工呼吸器を外すときに問題が生じる可能性があります。[3][4]
NAVA 人工呼吸器の同調性は、横隔膜の正常な状態を維持するのに役立つだけでなく、患者と人工呼吸器のファイティングを回避します。大抵の場合、成人患者は強い薬による鎮静を必要としますが、NAVA を使用すれば、医師は鎮静薬を減らして早期にウィーニングし(人工呼吸器を外して自発呼吸に戻すこと)、合併症を抑えることができるのです。[5]
NAVA のテクノロジーは、人工呼吸器の機能向上の一面にすぎません。人工呼吸器自体とそれを強化するソフトウェアの進歩が、さらなる個別化を可能にしてきました。つまり救命救急用の人工呼吸器は、各患者さん固有のニーズに応じた細かい調整ができるようになっています。Pulmonary & Critical Care Medicine at NYU School of Medicine(米国ニューヨーク州)のDavid A. Kaufman 医師は「ゲティンゲの人工呼吸器のような高機能装置は、患者の状態に関する情報をより多く伝えることができる」と言います。
「2020年の今、高機能な救命救急用人工呼吸器は、患者との高度なレベルの相互作用と刻一刻と変化する状況を、瞬間的に柔軟に測定して瞬時に情報を提供してくれます。おかげで私たちは極めて洗練された方法でそれぞれの患者に合わせた処置を行うことができます。私たちは、個々の患者のニーズをできるだけ具体的に満たすことができると確信したいのです。現時点でトップレベルの機能を持つ人工呼吸器は、それを可能にしてくれます」
しかし、高機能な人工呼吸器を以っても複雑で対応し難い救急患者もいます。そのようなケースには、体外式生命維持装置(ECLS)と呼ばれるソリューションがあります。これは、働かなくなった肺や心臓の機能を代替するものです。
Kaufman医師は、次のように述べています。「基本的に、血液は体の中にある大きな血管から取り出します。二酸化炭素を抽出できる人工肺にその血液を通してから、高濃度酸素を中に入れます。そして別の血管に血液を注入して戻します」
心臓バイパス手術の促進を目的として1960年代に考案されてから、ECLS の技術とテクノロジーは改良され続け、今では世界中で使用されるようになっています。ECLS 関連装置のメーカーであるゲティンゲでは、この高まる需要に応えるべく、部品の製造や投資を強化しています。
ECLS は主に、多臓器不全のような最も危機的な状況において、医師が患者の救命方法を検討する時間的余裕を確保し、肺に損傷を与えることなく血液に酸素を送り続ける方法です。外傷があるときや臓器提供を待っているとき、急性呼吸窮迫の治療をしているときなど、人工呼吸器による損傷が懸念される場合に期待される技術です。
Kaufman 医師は、次のように述べています。「病的な肺、つまり体液がたまり過ぎている肺や重すぎる肺、硬くなりすぎている肺になると、人工呼吸器は非常に強い力でガスを送り込まなければならないことがあります。ECLS を使用すれば、基礎疾患によってすでに生じている損傷の拡大を防げます」
ECLS を使用すれば、基礎疾患によってすでに生じている損傷の拡大を防げます
このような先端技術を利用した医療が、集中治療のありかたを変えつつあります。アドバンスドモニタリングでは、従前よりはるかに多くのリアルタイム情報を得られるようになりました。また情報化社会と人工知能の利用増加により、文脈を読むような背景考察も得られるようになりました。相互通信機能のある機器を活用していけば、やがて医療スタッフの負担は軽減され、患者のその時々のニーズにもっと集中できる環境がつくれるでしょう。
このような進歩は、Checketts医師のような若手医師の活躍を支えています。Checketts医師が医師になろうと決めたのはまだ幼いころ。それは母親が、病院へ向かう男性を指差して「あの人があなたの命を救ってくれたお医者さんよ」と教えてくれたときでした。その記憶は、自身が担当する乳児の家族に対して常に前向きに接するための原動力となっています。
「私自身も早産児だったことをご両親に伝えると、いつも驚かれます。ショックを受けられるくらいです。そして、あぁ、だからお医者さんになられたのですね、と。早産児だからといって限界があるわけではないことを伝えるには、良い例ですね」とChecketts 医師は語ります。
「このわずか10年、15年、20年の間にも、医療は各段に進歩しています。それより前に生まれた私でさえも、このように成長し医師になっていますから。これからの希望や可能性を信じてもらえると嬉しいです」